(16)【感情について、できる限り客観的に書いてきたつもりです。】

(16)     2015年5/31

これまで、感情について、できるかぎり、客観的に書いてきたつもりです。

個人的な感情体験は、無数にあって、私の個人的な感情体験を伝えても、自分とは、体験が違うと、理解しあえないとすれば、意味が無いからです。

しかし、個々のリアルな感情を語るときに、リアルな感情体験に基づかないと意味がありません。

これまで、感情についての大枠を明確にしてきましたので、その公式に照らして私の感情体験をお伝えすることで、よりリアルに感情とは、何かが分かるのではないかと考えています。

もとより、役立たない長いだけの文章は、読むに値しないわけですから、スルーしていただくのは、当然と考えています。

私自身のために頭を整理しているわけですが、読んで下さる方がおられる方が、より分かりやすく、自己満足に終わらない配慮する気になるので、長いのに読み続けていただいている皆さんに感謝です。
魂自体が、無条件の愛を肉体を通じて、体感することを希求する存在だとして、

肉体の方は、生存を維持するために、生存競争に打ち勝ち、寿命が尽きるまで、次に命をつなぐために、生殖を続けることを意図しているようです。

二つの意図が、一致するのは、容易では、ありませんが、少なくとも、誕生してしばらくは、

無条件で愛されて、人生をスタートさせます。
しかし、誕生の最初から、個体差が有ります。
悲惨な家庭環境ゆえに、ねじ曲がった心を持つようになる子供もいれば、苛酷な幼少期の経験をバネにして、強い心を持つ立派な人に、なる人もいれば、

豊かな家庭環境ゆえに、ワガママになり、自立できずに傷つきやすく、苦しむ人もいる。

生まれ育った家庭環境や子育ての方法と子供の幸不幸の関係は、未だに明らかにされては、いない。
だから、
親は、なくとも子は育つも本当だし、
幼少期のトラウマを引きづり、

傷ついている人が多いのも

本当です。
私の場合は、物心ついた時には、すでに、深く傷ついていて、周りと比べては、自分は、ダメだと思っていて、かなり長い間、苦しんでいました。

その感情は、劣等感であり、怒りであり、恐怖であり、憎しみであり、不安であり、

否定的な感情のすべてを常に味わっていたように思います。

これからは、私個人が体験してきた感情の原因を探っていきます。

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